1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月30日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:人の運命:中沢トリ(中沢建志母) 一九八三年九月一日、その日を限りにあなたはもういない。 屹度何も知らないで、何故死ぬのかも解らぬままに、飛行機と共に一瞬にして生命を閉ざされてしまった。人として生きることの素晴らしさをより強く感じていた、その我が子建志 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月30日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:「恩師、冨高八重子先生」:川合治代(富高八重子・生徒) 五十八年、九月一日、私は職場で、冨高英語塾の先輩でテレビ大分の記者である岩尾氏からの電話を受けました。あの忌わしい一報以来、行方不明からサハリン不時着全員無事、喜びも束の間、空中分解・・・・・・撃墜・・・・・息詰まる様 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月30日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:妻と子に捧げるレクイエム:武本昌三(武本富子夫・潔典父) (四) 大韓航空機は予定時間より少し遅れて、午前零時過ぎにケネディ空港を離陸した。 私と由香利は、VIPルームからKALの社員に案内されて細い通路を通り、税関や出国手続きの列にも加わらないでいつの間にか機内に入り込んで […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月30日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:思い出:梶木恵子(田中ケイ子友人) 私共が田中ケイ子さんとアメリカでごいっしょだったのは、ケイ子さんが文部省からの留学でいらした昭和五十七年四月初めから、私共が帰国した六月の末までのことでした。たった三ヶ月足らずの期間でしたが、学内に日本人が少ないという […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月30日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:思い出:飯野はまじ(田中ケイ子伯母) 陽の色・空の色・空のたたずまい。 総ての物がみんな秋の様な季節となりました。昨年九月一日泣くに泣かれぬ様な事故の人として巻込まれたケイ子、全くうそ、うそである様な気がして今だに信じられません。 朝食の後片付けをやりなが […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月30日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:ケイ子さんへ:飯野金雄 (田中ケイ子従兄) 白い骨壺の中には、黄ばんだ軍服姿の青年の写真が一枚きりしかなかった。 終戦後、数年してからの私の父の葬儀の日に、県の世話課から戦死の知らせと引換えに渡された骨箱を親族の者が広げたときの光景である。 幼い私であったが、そ […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:一方的な話し合い、思い出:飯野けさみ(田中ケイ子母) 毎日、毎日、雨ばかり。お彼岸が近いからでしょうか。それにしても、今年の天候は、冬はあの何年ぶりかの大雪、又夏はあの長い間のあの暑さ、どうして・・・・・・これは北の暗い寒い海底で眠っているあなた達の、悔しい、悔しい、もう […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:洙明君からの伝言:佐川昇(守山小三・四年の担任) この間、また洙明君の夢をみました。ひとりの少年が流氷に腰掛けて、沖の方を見ているのです。最初は洙明君だとは気がつきませんでした。だんだん近づいて行くと、見かけたトレーナーを着ているではありませんか。おもわず、「洙明君じ […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:洙明君の十四才の誕生日を迎えて:柳沢和(みどり幼稚園三年間の担任先生) 卒業まじかの日に、先生この子字に興味を示さないの、小学校にいってから大丈夫かしら? 大丈夫、大丈夫、自分の名前だけは書けるようにしておきましょうね。大きな画用紙にのびのびと描いた先生の顔。その後には、さいしゅめいと、自 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅴ:「お姉さんへ」:河野日出子(河野富子妹) 富ちゃん、あの日からもう一年以上もたってしまいました。しかし私は日がたつにつれて、 あの忌わしい事件がまるでうそのような気がしてなりません。目を閉じただけですぐに浮かんでくるあの富ちゃんの笑い顔が、本当に私達の前からも […]