1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅲ:消えない疑惑 ― KAL機事件の真相究明を訴える:武本昌三(武本富子夫・潔典父) (一) あの忌わしい大韓航空機撃墜事件で、一瞬にして私が、妻・富子と長男・潔典(きよのり)を奪われて以来、間もなく一年になろうとしている。 一周忌に、二人の追悼のための本を出版する計画があって、潔典の友人から寄せられた […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅲ:大韓機事件の真相明らかに:広瀬醇子 (小林正一妹) 大韓航空機撃墜事件が一周年を迎えようとしています。私は兄夫婦を失いましたが、関係方面の方々にはいろいろご尽力いただきまして、ありがとうございました。 家の大黒柱を奪われ、幸せな家族が、それからはばらばらに暮らさなければ […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅲ:兄の誕生日に:広瀬醇子(小林正一妹) お兄さん、何処かで生きているとしたら、八月十八日六十一回目のお誕生日おめでとう。 母も「今日はあの子(正一)の誕生日や。」とポツリと一言いいました。 一年前(五十八年八月十八日)の今日は、アメリカで大勢の教授の方々と、 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅲ:弟:竹村佳代子(大阪徳之実姉) 昭和五十八年九月一日、私はこの日を終生忘れる事が出来ないであろう。朝八時頃東京にいる義妹から悲壮な泣き声と共に、「義姉さん、どうしよう、徳之ちゃんの乗った飛行機が行方不明になった。」と電話があった。 始めは何の事やらわ […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:羽場弘樹君のお母さまへ:ボランティアグループ金曜会 富永芳枝(羽場弘樹母の友人) 羽場さんとの出合いは、今から十年程前、地域の小学校が新設され、PTAのコーラス部であったように記憶しております。その後ボランティア活動でご一緒になり、視力障害の方方の社会参加のお手伝いや、目が不自由でも扱えるミシンを調 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:冨高ヤヱ子の一生:青矢 繁(冨高ヤヱ子兄) 私にとって只一人の妹ヤヱ子は、私より二十歳も年下でした。私の父は日露戦役に出征して、帰って間もなく死にました。母は再婚の話には耳を傾けず、私が学校を出て就職したのを見て再婚し、そしてヤヱ子が生れました。私は自分に妹が出 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:蔡洙明君の思い出:竹田佳地子(小学校の友達のお母さん) 蔡君が、大韓航空機事故に遭遇してから、一年数ヶ月が過ぎてしまった。 みなが心から願っていた「もしかして、どこかに生きているのではないだろうか。」との期待も次第にしぼんでしまいそうになる。 最初の報道がサハリンへの不時着 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:洙明君のことを考えながら:渡辺真紀子(守山小一・二年の担任) なぜ? どうして? 時間がたてばたつ程、その想いが強くなるのです。 なぜ、強制着陸ではいけなかったのか! どうして、民間機が撃墜されたのか!! なぜ、あんなにも領空を侵犯していったのか! 何一つ真実が明らかにされないま […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:決っして忘れられない九月一日:高倉靖子(河野富子従姉妹) あれから早や一年五ヶ月も経った。 一日の仕事を終え、帰宅してテレビのスイッチを入れた瞬間、ニュースで流れる画面に、「ソ連軍用機に撃墜された大韓航空機KAL007の日本人乗客の氏名は・・・・・・」と言うアナウンサーの声 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅰ:千羽鶴:羽場由美子(羽場弘樹母) 春、三月頃から折づるを折り始めました。七・五センチの折紙に 高雲院剛信弘樹居士南無阿弥陀仏 と一枚一枚丁寧に書く。戒名に、弘樹と名前を入れて頂いた事は、此の悲しみの中に只一つ嬉しく思った事でした。鶴を折っている時は弘樹 […]