Ⅴ:人の運命:中沢トリ(中沢建志母)

 一九八三年九月一日、その日を限りにあなたはもういない。
 屹度何も知らないで、何故死ぬのかも解らぬままに、飛行機と共に一瞬にして生命を閉ざされてしまった。人として生きることの素晴らしさをより強く感じていた、その我が子建志がもうこの世にいない。これも運命と思わなくてはならないのだろうか? 私には分らない。だから本当にたまらなくなる。あまりにも悲しい。
 一九八三年八月二十日、東京箱崎ターミナルでのあの何げない別れが永久の別れになろうとは。
 そして早くも一年間が過ぎ行きました。船上慰霊祭も致しました。
 しかし現在も尚、死と云う現実が宙に浮いていて、まるで嘘のようです。何一つ我が目で死につながる物を見ていない為なのでしょう。
 ただひたすらに、あなたの幻を追い求め乍ら帰って来る日を待ち続け、その日その日を過して行きます。血の通った親子の強い絆をそう簡単に、なぜ裁ち切る事が出来ましょうか?
 でも違った世界に逝かされし我が子よ、振り向かなくてもいい、あなたの居住となる所が安穏なる事を祈ります。残された両親と弟は何とか助け合って生きて行きます。あなたの一生懸命描いた絵が沢山残してあります。大きなものは百三十号位のものから、大小合せて六十点位あります。過去の、絵を描いていたその時間の一瞬が、まるでタイムカプセルの中につかっているかの様に、そして現在から未来へと、あなたの魂の叫びが、静かに一枚一枚の絵の中から伝わって来る感じです。
 あまりにも逝ってしまうのが早過ぎましたね。あなたがアメリカへ行った後のあの部屋には、帰ってからすぐにとりかかるべき予定であったのでしょう、一枚の百三十号位の大きな真白に下塗りのしてあるキャンバスが、ひっそりとあなたの帰りを待っているかの様に残され、絵に対する情熱が如何に大きく、又生徒さんに対する前向きの努力も何もかも、一瞬の命として終ってしまいましたね。
 十月二十三日から十月二十九日まで、建志君、あなたの遺作展を横浜の郵便貯金ギャラリ ―で開きたく、計画をしております。あなたの絵の中に我が身を置いて、悲しい時、淋しい時、情けない時、まれにはうれしい事があっても良いでしょう。こんな時、あなたに語りかけ乍ら、私の生きる杖として心の支えといたします。
 見つめていて下さいね。
 何年年月が経とうとも、この心の中の苦しみがいやされることはおそらく生涯ないのかと思います。

 やり切れぬ思いを背負いつつ、遺族のみは生きてゆく。

 これも運命なのでしょうか。

五十九年十月十七日

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