1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:羽場弘樹君のお母さまへ:ボランティアグループ金曜会 富永芳枝(羽場弘樹母の友人) 羽場さんとの出合いは、今から十年程前、地域の小学校が新設され、PTAのコーラス部であったように記憶しております。その後ボランティア活動でご一緒になり、視力障害の方方の社会参加のお手伝いや、目が不自由でも扱えるミシンを調 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:冨高ヤヱ子の一生:青矢 繁(冨高ヤヱ子兄) 私にとって只一人の妹ヤヱ子は、私より二十歳も年下でした。私の父は日露戦役に出征して、帰って間もなく死にました。母は再婚の話には耳を傾けず、私が学校を出て就職したのを見て再婚し、そしてヤヱ子が生れました。私は自分に妹が出 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:蔡洙明君の思い出:竹田佳地子(小学校の友達のお母さん) 蔡君が、大韓航空機事故に遭遇してから、一年数ヶ月が過ぎてしまった。 みなが心から願っていた「もしかして、どこかに生きているのではないだろうか。」との期待も次第にしぼんでしまいそうになる。 最初の報道がサハリンへの不時着 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:洙明君のことを考えながら:渡辺真紀子(守山小一・二年の担任) なぜ? どうして? 時間がたてばたつ程、その想いが強くなるのです。 なぜ、強制着陸ではいけなかったのか! どうして、民間機が撃墜されたのか!! なぜ、あんなにも領空を侵犯していったのか! 何一つ真実が明らかにされないま […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:決っして忘れられない九月一日:高倉靖子(河野富子従姉妹) あれから早や一年五ヶ月も経った。 一日の仕事を終え、帰宅してテレビのスイッチを入れた瞬間、ニュースで流れる画面に、「ソ連軍用機に撃墜された大韓航空機KAL007の日本人乗客の氏名は・・・・・・」と言うアナウンサーの声 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅰ:千羽鶴:羽場由美子(羽場弘樹母) 春、三月頃から折づるを折り始めました。七・五センチの折紙に 高雲院剛信弘樹居士南無阿弥陀仏 と一枚一枚丁寧に書く。戒名に、弘樹と名前を入れて頂いた事は、此の悲しみの中に只一つ嬉しく思った事でした。鶴を折っている時は弘樹 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅰ:二色の折鶴:広瀬醇子 (小林正一妹) 忘れる事の出来ない悲しい事故より一周年、会長様はじめ皆様方がお骨折下さいましたお蔭で、八月三十一日には宗谷岬での慰霊祭、翌九月一日には撃墜現場での船上慰霊祭に参加させて頂き、色々お世話下さいました方々本当に有難うござい […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅰ:九月一日 一周忌を迎えて:高比良綾子(岡井葉子の母) 北の町 コスモスの花 風にゆれ 最果ての 北の海辺に 子を想う 慰霊祭 氷雨ふる中 母は立ち 悔しさを こらえて北の 海祈る サハリンの 恨みの海に 花捧ぐ 北の果て コスモス咲きて 母哀し 母を待つ 宗谷の岬 カモメ飛 […]