Ⅱ:洙明君のことを考えながら:渡辺真紀子(守山小一・二年の担任)

 なぜ? どうして?
 時間がたてばたつ程、その想いが強くなるのです。
 なぜ、強制着陸ではいけなかったのか!
 どうして、民間機が撃墜されたのか!!
 なぜ、あんなにも領空を侵犯していったのか!
 何一つ真実が明らかにされないまま、全てが闇の中なのです。

 洙明君、あなたは心のやさしいよい子でした。あなたの詩、「いのちときぼう」の一節に、
  “子どもは しあわせとゆめを
  おっかけていて、
  おとなは しあわせな気分で
  子を育てる。”
という言葉があります。この一節を読んだ時、あの子はどうしてこんなにも的確に親の気持がわかったのだろう、と不思議に思ったのですが、考えてみれば、あなたはご両親の愛を一身に受け、大切に大切に育てられてきた子どもでした。だからこそあなたは心やさしい子に育ったし、だからこそあなたは、“しあわせな気分で子を育てる”おとなの心がわかったのでしょう。
 一年生の頃、お母様は、「あの子には何も教えてありませんので、どうぞよろしくお願いします。」と言われました。でもあなたは、クラスのワンバク達と毎日元気に楽しく学校へやってきたし、いつも多くの仲間と遊んでいました。そして授業中は、「お話は目で聞くのよ。」という私の注意をしっかり守って、私をじいっとみつめていました。あの時のあなたの愛らしい顔は、忘れることができません。
 一年生の最後の学級通信に、“ぼくのゆめ”として、「ぼくは、えらい人になりたいです。」 と、書きました。そして「えらい人とは、かみさまみたいな人です。」と、書き添えました。 これは実にあなたらしい言葉だと思います。いつも生まじめで、いつも一生懸命で、それでいて、いつも友のことにも気を配る子でした。
 しかし大人はずるい。同じ「いのちときぼう」の詩の中で、あなたは、
  “早く大人になりたい。
  大人は自由だから。
と、書きました。あなたがこんなにもなりたかった、自由のはずの大人に、大人は“ならせない行為”をとったのです。

 私には、教師という仕事を選んだ時、二度と教え子が戦場にかり出される時代を作ってはならないという、強い信念がありました。勿論今も同じです。その想いが、教師としての私の基盤を作っているのだとさえ言えると思います。だからこそ、「かわいそうなぞう』の勉強の時も、二年生にもわかる言葉で戦争を語り、一緒に考えてきたつもりです。
 しかし、どうしていつも権力は、弱者の生命をこうも無残にもぎ取っていくのでしょう。
 あなたの詩を、ある先生にお見せしたら、『「蔡君の世界」は、生きとし生ける者への最高の課題を投げているといっても過言ではないと思います。あなたは、あなたを超えた教え子を持たれて、人一倍教師の日々を、貴重にきざみ込まれた事でしょう。』という、お手紙を頂きました。これからの私は、あなたに投げかけられた、“生命と平和の問題”に、現実の生活の中で、ぶつかっていかねばならないのです。

 あなたの卒業した守山小学校の、小さな図書室の片隅に、ご両親が寄贈された、あなたの愛読書を納めた「蔡洙明文庫」があります。二学期から貸し出しが始まって、多くの子ども達が借りていきました。二十一世紀を創る子ども達が、あなたの愛読した本を読み、あなたが遭遇した「大韓航空機撃墜事件」をいつまでも心の中に残し、彼らが自由な大人になった時、”生命と平和の大切さ”を、しっかりと自分の問題としてとらえていって欲しいと願うのです。
 そして教師である私は、あなたに投げかけられた課題を、子ども達と背負い続けていかねばなりません。

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