Ⅰ:二色の折鶴:広瀬醇子 (小林正一妹)

 忘れる事の出来ない悲しい事故より一周年、会長様はじめ皆様方がお骨折下さいましたお蔭で、八月三十一日には宗谷岬での慰霊祭、翌九月一日には撃墜現場での船上慰霊祭に参加させて頂き、色々お世話下さいました方々本当に有難うございました。

 出発する直前、五才になったばかりの孫(美佐子)が二枚の折紙(緑色と黒色)をもって来て、「これで鶴を作って海へ投げてね。もしかしてこの鶴に乗って帰ってくるかもよ。」 「絶対忘れないでね。」といって手渡されました。「緑色・・・これは平和のしるしね。」「黒色・・これは喪に服するのね。」と何気なく渡された二枚の色紙に、秘められた子供心が不思議に思え、「今回の慰霊祭にはビッタリの色ね。」と私はつぶやきました。

 サハリン沖では巡視船(えさん)に見守られ、約一時間船上での慰霊祭が行なわれました。波はおだやかでしたが涙雨というのでしょうか、小雨がシトシト降りました。花束と甘いお菓子(生前好きであった)、孫から預った折鶴、母から託された品、兄夫婦の名を呼び続け海へ投げました。二羽の折鶴は風に吹かれて天国にいる二人を探すかの如く空高く舞上りました。やがては海上に落下し、次第に海底迄もぐりさがしてくれるでしょう。ソ連の警備艇が二隻姿を見せていましたが、何事もなく無事帰路に着くことが出来ました。

 撃墜されたと思われる地点から稚内迄はつい目と鼻の先、せめて陸地であれば何らかの証拠も残っていたであろうに、何の罪もない乗客二百余名の犠牲者、どんなに無念だった事か、 事故より一年余り過ぎた今でも、当時受けた強い衝撃は、私達の脳裡から深まりこそせよ消える事はないでしょう。

 事件の残した課題は全く解決せず、手掛りさえつかめていない状態です。再発防止のためにも政府・関係者の方々一層の御尽力をお願い致します。

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