Ⅱ:羽場弘樹君のお母さまへ:ボランティアグループ金曜会 富永芳枝(羽場弘樹母の友人)
羽場さんとの出合いは、今から十年程前、地域の小学校が新設され、PTAのコーラス部であったように記憶しております。その後ボランティア活動でご一緒になり、視力障害の方方の社会参加のお手伝いや、目が不自由でも扱えるミシンを調べるために、あちらこちらと出かけて行ったり、また、地域で病気のおとしよりのために多少の係わりを持ち、さまざまな取り組みを通して、羽場さんのお人柄や、特にその誠実さにひかれ、良いお友達とはこんなものかと感じておりました。
あの事件の少し前、私達は、気の合った者同志、以前小学校の校長をしていた守屋先生と日光の石仏を訪ね、秋の写真展にそなえ、熱心に準備をしておりましたが、そんな折、息子さんのアメリカ旅行の話題に花が咲き、「きっと成長して帰ってくる!!」と心から帰国を待ち望んでいた彼女の声が忘れられません。
事件当座は、異常な出来事としてひんぱんに報道もあって、私達全員は、この事件に怒り、 涙しましたが、それがいつの間にか国際問題になってしまい、国際的秘密処理をしているのではないか、といった感じが濃厚となり、報道も進展しなくなってしまいました。そんな時、 ただご遺族の涙の顔だけがテレビに写る結果になり、私達は、こんなはずではなかった、と物足りなさでいっぱいでした。今頃羽場さんはどうしていられるかと思うにつけても、やりきれない気持だけ持っている自分が、またとても情けなく思えたのです。
この一年をふり返って、ただ深い悲しみと強い憤りを感じますが、この事件の報道、テレビ番組で知った「戦争保険」というきなくさい言葉が、何故か頭から離れず、この事件の奥の深さと、事の重大さを感じることが出来ます。
過日韓国大統領が来日し、新しい日韓関係についての考え方を発表されていましたが、 当事件の解明や在日韓国人問題を、「やっかいな問題」「くさいものにはふたをしろ」的扱いにするのでは、真の友好も平和もあったものではありません。それ等に取り組む姿勢をはっきりと見たいものです。
個人的意見になりますが、この事件を考えれば考える程、ますます日本と韓国の関係は釈然とせず、将来に尾を引いてしまうのではないかと案じられますが、どうでしょうか。
平和を望んでいる国民のひとりひとりが真の日韓友好、国際平和を目指して、自分の身の回りから出来ることを少しづつでもしていく大切さをかみしめております。
羽場弘樹君と皆様のご冥福をおいのりしております。 (一九八四・十・十四)
