Ⅴ:月日だけが流れて:常盤木時子(河野富子妹)

 あの恐ろしい出来事から、ちょうど一年半経ちました。ただ月日だけが流れて、他の事は以前と何も変わらないのに、あの事件だけがまるで悪夢であったような気がします。あの九月一日を境に、心の中にずっしりと暗くて重たい影が住みつき、それをひきずりながら暮しています。私の愛する姉、富ちゃんが、あのような恐ろしい事件にまき込まれた事が、今でも信じられず、まだアメリカにいて、いつの日か必ず帰って来てくれるのだと、つい思ってしまうのです。
 あの事件は、あまりにも悪い偶然が重なりすぎて起こり、そんなに悪い偶然が重なりすぎるものだろうかと、かえって作り事のように思えるのです。姉とは密接に暮してきた為、 あまりに想い出が多すぎて、何をしても、何処へ行っても、あの時あんな事を言った、あんな表情だった、と言葉・仕草・表情・笑顔、その一つ一つがはっきりと思い出され、本当に姉のことを考えない日は一日もありません。
 あの事件以後、私は冬が大きらいになりました。最近のように寒い日には、今頃は凍りついているであろう北の海が、ことさらに思い出されるのです。自分だけがこんな暖かい部屋で過ごしている事が、申し訳ないようで胸が痛みます。姉は本当に行動力がある人で、ずうーっと見てきましたが、いつもいっしょうけんめい生きていました。その姉を見習って、 いっしょうけんめい頑張らなければ、と思える瞬間もあるのですが、やはりあの事件の事を考えると急に何をする気力もなくなり、目の前が真っ暗になってしまうのです。
 あの事件が起きた時、私は、ああ、姉が無事に帰って来てくれなければ、もう心の底から幸福と感じられる事は決してないだろう、と思いました。色々な情況から考えて、それは不可能に近いことかもしれません。
 でも、私は、奇跡、いいえ、もっと少ない確率かもしれませんが、それでも望みを捨てきれないのです。そしてこれからも、心のどこかで、姉を待ちながら生きて行くことでしょう。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA