1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:羽場弘樹君のお母さまへ:ボランティアグループ金曜会 富永芳枝(羽場弘樹母の友人) 羽場さんとの出合いは、今から十年程前、地域の小学校が新設され、PTAのコーラス部であったように記憶しております。その後ボランティア活動でご一緒になり、視力障害の方方の社会参加のお手伝いや、目が不自由でも扱えるミシンを調 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅳー9:兄の思い出:広瀬醇子 (小林正一妹) 「オニイちゃん」と大声で呼んでみたくなる私。還歴に手が届きそうになっていても唯一人の兄、たった二人だけの兄妹ですもの。事故当初は、ひょっとしたら雲のじゅうたんにでも乗ってフワフワしているのではないかしら、世間のみんなに […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅳー8:母に告げて:広瀬醇子 (小林正一妹) 六月から三ヶ月間、研究のためにアメリカへ行く事になったのでその間預ってほしい、と云う事で母は私の家へ来る事になりました。高齢の母は、息子夫婦の帰りを一日千秋の思いで、色々の土産話を楽しみに待っていました。 悪夢のような […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅳー7:孝行息子を奪われて:小林りん (小林正一母) 九月一日、嗚呼嗚呼苦月一日、何たる悲しき日ぞ。罪無き人々大勢が、あっと言う間に亡き人とされてしまった。私には唯一人だけの息子、善良なる孝行息子夫婦を一瞬にして奪い去られてしまった。 息子は、幼少の時から何時も私を喜ばせ […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅳー6:井草の別れ:沢田二郎 (小林郁子弟) 西武新宿線の下井草駅から歩いて約十分の所に日本基督教団井草教会がある。この教会で、昭和五十八年六月十二日(日)の午後、教会の創設者、小塩力牧師(岩波新書「聖書入門」の著者)の没後二十五周年記念会が催された。私の親や兄姉 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅱ:冨高ヤヱ子の一生:青矢 繁(冨高ヤヱ子兄) 私にとって只一人の妹ヤヱ子は、私より二十歳も年下でした。私の父は日露戦役に出征して、帰って間もなく死にました。母は再婚の話には耳を傾けず、私が学校を出て就職したのを見て再婚し、そしてヤヱ子が生れました。私は自分に妹が出 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅳー5:姪の死を悼む:宮岡 要 (河野富子伯父) 大韓航空機がソ連軍用機に撃墜さるとのテレビ放送の凶報は、一瞬にして二六九人とその家族の運命を明から暗に変えてしまった。併も邦人二七人の間に、私の姪河野富子が搭乗していようとは想像だにしていなかった。ニューヨークで共に英 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅳー4:広明と電話:川名まつ (川名広明祖母) 私には八人の孫がおりました。それぞれ順調に成長して、一番若い内孫の二人も教育の最後の時機まで来て、年老いた私には何より楽しみでした。 昨年六月中旬に、シカゴ大学に留学する外孫と一緒にエール大学へ行く事になった時、私は大 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅳー3:未だ帰らぬ娘を偲んて:高比良綾子 (岡井葉子母) 冬の浜 帰らぬ子の名 呼びつづけ 厳寒の 海までとどけ わが涙 五月雨や 母の哀しみ 波に告げ 雲白く 涙で光る 夏の海 待つ庭に 哀しみの夏 近ずきぬ 五月雨や 面影哀し 花散りぬ 子の無念 憤りを胸に […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅳー2:題なし:美濃部圭介 (大背戸みどり初孫) ゴォー あっ飛行機だ! どこのだろう? どこへ行くんだろう。 音が聞こえると、つい空を見上げてしまう。それが夜だったりすると、あれがHL7442ならばなぁーと思う。SFでよくあるように、ある日急に日本の上空にでも出現し […]