1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅰー5:「母」:真野 小百合 「母」 十二月三十日 しっかりしている様で気の弱い 母アメリカへ留学させて・・・と云った日から四十三Kの体が三十六Kになってしまった 母ほんとにごめんなさいけれど私のことほんとに理解してくれて許してくれた! […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅰー4:大学時代、アルバイト先の塾生の卒業文集への寄稿文:中尾修視 もう大分以前になるが、一日海軍と同じ制服を着て高校の入学式に行った事を想い出す。スーパーマン養成学校との言葉に反発しつつ、クラブに自治会に、そして初めは勉学にも打ち込んでいた。毎日10km以上の走り込みと午前二時までの […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅰー3:高校2年~3年時の日記帳より:中尾修視 牛がみたいのさ 牛がみたいなあ明日は動物園へ行こうだけど 動物園には牛はいないだろうなー庭先にいる牛がみたいんだただなんとなくね俺れあ別に 牛を見て育ったわけでもないただ、田舎のおじいちゃんちのそばで庭に牛舎をつくって […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅰ:千羽鶴:羽場由美子(羽場弘樹母) 春、三月頃から折づるを折り始めました。七・五センチの折紙に 高雲院剛信弘樹居士南無阿弥陀仏 と一枚一枚丁寧に書く。戒名に、弘樹と名前を入れて頂いた事は、此の悲しみの中に只一つ嬉しく思った事でした。鶴を折っている時は弘樹 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅰ:二色の折鶴:広瀬醇子 (小林正一妹) 忘れる事の出来ない悲しい事故より一周年、会長様はじめ皆様方がお骨折下さいましたお蔭で、八月三十一日には宗谷岬での慰霊祭、翌九月一日には撃墜現場での船上慰霊祭に参加させて頂き、色々お世話下さいました方々本当に有難うござい […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅰー2:詩:蔡洙明 1. いのち と きぼう 生きることはすばらしいだれもが いのちをもっているそして だれもがきぼうとゆめをもっている今 どこかでしあわせがまっている子どもは しあわせとゆめを おっかけていておとなは しあわせな気分で […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2026年7月26日 yamaguchi 遺族会文集(三) Ⅰ:九月一日 一周忌を迎えて:高比良綾子(岡井葉子の母) 北の町 コスモスの花 風にゆれ 最果ての 北の海辺に 子を想う 慰霊祭 氷雨ふる中 母は立ち 悔しさを こらえて北の 海祈る サハリンの 恨みの海に 花捧ぐ 北の果て コスモス咲きて 母哀し 母を待つ 宗谷の岬 カモメ飛 […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 Ⅰー1:アメリカからの手紙:大背戸 みどり 圭介くん元気ですか?いよいよ高校進学のために頑張っていることでしょう。自分のため、本気で勉強して下さいね。バーバも初めての孫の主くんを応援します。でもたまには息抜きをしなくてはいけませんよ。身体が弱くては何にもなりませ […]
1985年9月1日 / 最終更新日時 : 2025年1月12日 yamaguchi 遺族会文集 はじめに:中沢健祐 (中沢建志父) 中沢健祐 (中沢建志父) あのいまわしい事故の日、九月一日が後少しでやって来る。私達家族、いや全遺族の方々も、あれからもう一年近くも経過してしまったのに、まだ三ヶ月位の月日しか過ぎていないような気持ではないでしょうか。 […]