Ⅳ-2:今年最後の釣り(山女魚釣りは九月三〇日で終る):岡井亨 (岡井真・葉子父)

岡井亨 (岡井真・葉子父)

 今年の初夏、まえからどうしてもほしいと思っていたマツダのボンゴの中古車を手にいれた。

 私の部下のカーきちが、ボロ車を見つけてきた。

 「土建屋の友達が、物置きにつかっているボンゴがありますよ、あれ動くかもしれん、あれならタダでくれますよ」

 ローニンの次男と三人で小雨の中を見に行った。この次男は、カーきちで、そのうえ物好きで、受験勉強が嫌いだから、こういう時には必ずついてくる。

 次男は「お父さん、いけるぜ、だけどちょっと金がかかるな」と、私の部下のカーきちとタイヤをけっとばしている。ドアをこじあけたら、なる程、スコップやヘルメットや針金のたばが、いっぱいつまっている。針金のたばをひきずりだして、椅子をたおしてエンジンを見て、二人して「いける、いける」といっている。

 翌日もうその車は修理屋へ行っていた。聞けば、こういう日のあることを確信して、次男は修理屋のセガレを親友にえらんでいた。

 「お父さん、何でもやってくれるよ」ぼろボンゴはかくして十日程すると、ブルーのツートンカラーの新車になって、わが家へやって来た。立派だ。落ちつきまである。だがよく見れば、古さがわかる、三角窓がついている。後輪はダブルタイヤだ、山釣りにはいけるぞ。

 七月、八月は、島根県の匹見、宮崎県の椎葉の山奥まで、高速道路から、がたがた林道の石ころ道まで、よく走った。ブンブン走る。

 次男のカーきちと部下のカーきちは、かかりっきりで、戸棚を据えつけ、棚をつるし、毛布、シュラーフザック、テンカラ竿から、地下足袋、ヤッケ、プロパンボンベ、釣道具は予備品まで全部入ったから、もう、忘れものの心配はなくなった。籠城に必要なエトセトラも充分だ。床には厚いカーペットまで敷きつめられ、御殿のような住みごこちになった。

 さて、九月の連休は、三年半ぶりでアメリカから帰国する長男夫婦と皆で、小型だが、日本の美しい渓へ、山女魚を釣りに行こう。椎葉へ行こう。

 だが長男夫婦は、帰ってこなかった。

 「お父さん、ボンゴ手にいれたんだって。事故に気をつけなよ。」国際電話でそんなことを云った長男とその妻は、私達の前から一九八三年九月一日未明、日本を目前にして消えてしまった。

(一九八三年九月七日記)

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