Ⅰ-4:我々への対応について:清水信行 (清水美弥子長男)

清水信行 (清水美弥子長男)

 悪夢のような事件からすでに、半年が過ぎようとしています。我々遺族全員、誰もがこのような事件は、テレビの中だけのこと、新聞紙面でのこと、すなわち我が身に振りかかるはずのない立場に立たされてしまったわけです。我々遺族及び乗客全員は、大韓航空という国際民間航空を行う会社に、何の不安・疑問もいだかず、定められた運賃を支払い乗ったのです。たしかに、何の罪もない二百六十九人もの尊い命を一瞬のうちにミサイルでうばってしまったのは、ソ連であるが、大韓航空機が、二時間以上、距離にして最大五百キロもの領空侵犯さえしないでごく普通の定められた飛行を続けていれば、犠牲にならず、今ごろは、出発前と変らない家族生活が営まれているはずなのです。この一義的原因を作った大韓航空は、全くその認識にかけ、ソ連による電波誘導という全く幼稚で、非科学的、デタラメな言いのがれで責任を回避しようとしている。国を代表する航空会社たるものがこのような考えでいることが、全く理解できません。事故当時からの対応の悪さが大韓航空という会社の体質を表わしていると思えます。事故当日、私達は、大韓航空からの連絡どころか、ニュース・新聞社からの電話で事故を知りました。有楽町の東京支店に行っても全く対応が、ルーズで軽卒でした。そして、九月六日の稚内行きでも、朝羽田を出発する際、「札幌までは席が確保できたが、札幌から椎内までの便が確保できるかどうか分らない。」というありさま。しかし、実際に札幌に行くと稚内行きの便は、私達の他に一般の乗客が五~六人という状態でした。席が確保できるかどうか分らないと言っていながら、いざ行ってみると機内はガラガラの状態。あの機内を見た時、私は大韓航空という会社の体質を見たような気がしました。稚内での社員の対応は、我々が、観光旅行にでも来たような「ガイド」そのものの対応ぶりで、ただただあきれるばかりでした。十月三日私は遺品確認の為札幌に向いましたが、朝羽田に 担当の社員が航空券の手続きの為来ることになっていたのに、約束の時間に大はばに遅刻。さらに年が明けて正月、何と年賀状が大韓航空から送られて来たではありませんか。「昨年は、公私共にお世話になりました。本年もよろしく…………」。

 全く、考えられないようなことばかりです。このような考えの人間が尊い人命を領かって、空を飛んでいるということを考えると、ただ恐しいばかりです。

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