Ⅱ-2:妹よ・・・:多田信子(河野富子長姉)

多田信子(河野富子長姉)

驚き、苛立ち、哀しみ、怒り、余りに惨い出来事に、言葉も無く涙した時から、早半年の月日が過ぎ去ろうとして居ります。クラスメートからのバースディプレゼントだった大きな縫いぐるみを抱え、ニューヨークでの数々の思い出を胸に、友人達に何度も手を振り元気で、飛行機に乗ったという妹は、冬の間氷に閉された、どんなにか冷い最果の海で、本当に眠って居るのだろうか。今なお信じ難く、事あるごとに胸詰る思いに泣く日々です。少しお茶目で明るく楽しかった妹、あの笑顔を私達は二度と見る事が適わないのでしょうか?

ICAOの調査結果では、慣性航法装置への入力ミスにより、コースを外れ領空を侵犯したとなって居ますが、事実であるなら、それに気付かなかった事は、大韓航空の犯した余りにも大きな過ち、何物にも変えられ無い多くの尊い人命が失われた重大なる結果を、厳しく受け止め考慮されたく思います。

いかに自国領空に侵入したとは言え、民間の旅客機に対しミサイルで撃墜する等と、私達の常識をはるかに越えたソ連の残酷なる行為は、断じて許されるべき物では無いと考えます。その経緯について一番良く知って居ながら、撃墜でさえ仲々認めず果てはスパイ説等持ち出し、責任を転嫁して真実を語ろうとはせず、不誠実窮まり無い態度に、腹立たしさを感じるものです。

真相究明を願って居りますが、情報も乏しく機体等も回収不可能、関係国に於いても色々な思惑・駆け引き・軍事機密等々と、国際政治の複雑な奇妙さも相いまって、本当の意味での真実は、多大な努力が払われたにも係わらず、事故の背景をも含めて謎のまま残されるのではと危惧しております。

死亡証明書なる一枚の紙切れのみで、葬儀を行わなければ無らなかった遺族の切なる心情を一体誰に訴えれば良いのでしょうか。

三十数年と言う長い歳月の大半を、六人の子供を育て、其れぞれの幸福を願う事だけに費やして来たであろう母が、波高い非情なる海に向って妹の名を呼び続ける声と、眠れぬ日日の中で様々な事を片付けてゆかねば無らない父が、何も入れる物のない白い骨箱へ、妹の部屋に残された数本の髪の毛、口紅や、指輪、妹の愛した小さな品々を納めてやった時の涙、苦悩に満ちた顔を、私は決して忘れる事が出来無いでしょう。

人の命の、余りの儚なさに打ちのめされ、生きる気分も失せたかの如き心に鞭打ち、励まされた多くの暖かい善意に、感謝して長い時を重ねて行かなければなりません。

 世界に於いては、紛争やテロ行為、暗殺等、身近にも不幸な事故・事件の頻発する今日、本来地球よりも重たいとされる人間の命が、軽んじられて居るのでは無いかと、不安を抱くのは私だけではない筈です。我々と同じ様な悲嘆に涙する人達のいくらかでも少なくなる事を祈って止みません。

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