Ⅰ:刊行に当って:川名優収 (川名広明父)

遺族会会長 川名優収 (川名広明父)

 その日、昭和五十八年九月一日、偶然に同じ航空機に乗り合わせた、それぞれ全く別の人生を歩んで来ていた多くの人たちは、信じられない無暴な操縦と、非道極まりない撃墜という殺人行為によって、一瞬のうちに北の海に沈み、同じ運命の下に消え去りました。

日本人を主とする二十九人の犠牲者にかかわる二十三家族は、その日を契機として知り合い、悲しみの中にもお互になぐさめ合い励まし合って参りました。

私達の結束は、偶然の不幸を媒介として生れ、追慕と憎しみの上に築かれて来たのです。私達はお互に話し合うことで何とか絶望から立ち直り、生きる気力を得て参りました。呪うべき日は、すなわち、今では生きる原点ともなっていると言えましょう。

 あの日から半年余を経て、今ようやく振り返って忘れ難い人達のことを書き留めようということになり、この小冊子が生れることになりました。しかしながら書くということは私達にとっては、まだ生ま生ましく、辛い残酷な作業でした。まだ”アメリカにいる”と思っていたい気持を振り切る想いの、遺族でなければわからない悲痛な体験でした。

 しかし私達は、この想い出を語る小冊子の発行により、また一歩を踏み出さなければなら ないと思うのです。

 柳田邦男氏の著書「撃墜」の中に白人の若い母と二人の娘の話があります。出発を待つ空港で、この母子のひとときの語り合いは、ほのぼのとした愛の美しさで溢れ、行きずりの人達は今、共に語り合う二十三家族だけでなく、この白人の残された若い父を含め、多くのアメリカ人や韓国人などとも、共通の悲しみと怒りを語り合いたいと思います。そして又、私達の周囲で共感をもってこの小冊子を読んで下さる方々が、やはり私達を支える力となって今後共に歩んで下さることを期待しています。

 この書によって私達は相互に思いやりを深め、支え合うことが出来ますが、同時に私達の周囲の人達へのささやかな橋渡しともなれば幸いと存じます。

 私達の結束と、今後の行動の礎石として大きな役割を果すことを念願し、亡き人への祈りをこめて拙い筆をおきます。

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