Ⅱー3:「尽きぬ想いの中で」:多田信子(河野富子姉)

 心を染めてしまった悲しみの色は、消えません。貴女に、とうとう一通のエアメールも出さずじまいでした。
 今になって悔やんで居る私を、許してくれますか?だって、貴女が今までと同じ様に元気で帰国し、懐かしい笑顔で意気揚々と私を訪れ、楽しそうにアメリカでの生活を語ってくれるものと、信じて疑いもしなかったのです。まだ学生だった頃、休みの度に私の元に来て、ほんのちょっぴりだけど私に姉らしき事をさせてくれた貴女!未知の世界に飛びこんで、その喜びや夢を瞳を輝かせて語った貴女!歩み始めたものの、その険しさに打ちひしがれ、途感いと苦しさを話した貴女!
 具合が悪いと言う私に、新幹線に飛び乗ってやって来てくれた、優しかった貴女。舞台の台本を抱え、少しは面白くなっただろう仕事への情熱を、夜が白むまで私に話し続けた貴女!恋をして居ると、バラ色の頬を染めて美しかった貴女。久し振りで貴女をたずねた私を、淀川の堤みで何時までも手を振って見送ってくれた貴女、これが貴女に会う最後になろう等と、考えてもみませんでした。
 曽ての様々な貴女が、より鮮明に私の心の中で生きています。でも、ウェディングドレスを身に纏い、幸せに包まれた貴女にも会いたかったし、母となった貴女にも、子供の大好きだった貴女ですもの、どんなに嬉しそうな顔をした事でしょうね!老いた時、懐しい幼い日々を語りあう姉妹の中に、貴女はいる筈でした。四次元の世界でも彷徨って居たのだと、笑いながら私を訪れてほしい、そんな想いを今も捨て切れずにいます。尽きぬ想いをよそに月日は流れ去り、又忌しい日が巡ってこようとしている。これが悲し過ぎる現実です。
 大いなる物の前には、それは小さな生け贄ででも有るかの様な顔をし、まるで世界の未来を全て我が手に握って居るかの如く驕り高ぶる傲慢なるもの達に、悲しみの色は薄らがず、その濃さを増し、深く重く心の淵に沈んでゆくのです。
 大国の威信、機密保持とやらの名のもとに沈黙を続けるのでは無く、最愛なるものを失って悲嘆の底にある多くの肉身や友、その悲しみの声に耳を傾け、痛み苦しみの想いにどうか心動かして下さい。そして何よりも先ず、彼ら二百六十九名の罪なき尊い御霊に対して、深く深く許しを乞うべきです。
 人類が困難を克服する為に、追い求め造りあげて来た文明に、負う所はきわめて多大でしょう。私もその恩恵を受けて居る人間の一人である事も事実ですが、しかし乍ら、持ち過ぎたのでは無いかと思われる程の科学力、文明の力、そこに沢山の矛盾やひずみ、国家間の不信、そして新たなる困難を生み出して居る事も否めないのではないでしょうか?悲劇が再び起りうる危険を内に一杯孕んでいる様な世界情勢の中で、私達は生きて居るのです。悲し過ぎるこの事件を、世界平和への礎とする為にも、人間の持っている優しさや愛の心、謙虚なる物も信じ、合わせ持つ残酷さと愚かしい心を忘れる事なく、己々、其々の置かれている立場に於いて、可能な限り平和への努力を払い続ける必要があるだろうと考えて居ます。
 せめて、義なる慈しみ深い神の御手に依り、貴女方の魂が暗く冷たい海から救われ、暖たかい平穏と、愛に満ちた安らぎの中にあらん事を、願い信じる事にします。

(七月十五日)

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