Ⅰー4:大学時代、アルバイト先の塾生の卒業文集への寄稿文:中尾修視

 もう大分以前になるが、一日海軍と同じ制服を着て高校の入学式に行った事を想い出す。スーパーマン養成学校との言葉に反発しつつ、クラブに自治会に、そして初めは勉学にも打ち込んでいた。毎日10km以上の走り込みと午前二時までの勉学はやはり無理があったのだろう。夏休みに入る前、他の二、三の部員同様急性腎炎になった。

 どうにか進級はしたが、自分には学業などよりも重要なものがあるのに気づいた。それは、やさしさとか心のゆとりといった、受験勉強の反面の問題であった。自分はすべて犠性にしてもこの問題に打ち込んだ。それで、大学入学後も一時は中途退学の瀬戸際に立たされた。しかし、あれは三年生秋であったろうか、人との出合いとは不思議なものだ。今ここに非常 に役立つ言葉がある。

 自分がいやな事、やれないと思う事にチャレンジせよ。逞しさとは、心身知の三つのバラソスである。

 もちろん、人にはそれぞれの器がある。しかし、それは精一杯がんばる事で無限に大きくなる。ただ肝要なのは、かならず三つのバランスをとる事だ。そのためには自分のいやな事にチャレンジすることだ。“今は種を掻くだけにしろ。”種を播いても水をやらなければかれてしまうだろう。しかし、種を播かなければ芽はでない。収穫は四○才を過ぎてからでよいのだ。

 私は、人間の弱さとかやさしさといったものを知って、この種播き精神の本当の意味を知ったような気がする。これから高校生活を始めるみなさんに、これを贈る言葉にしたい。

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